高幡不動 土方歳三の故郷をゆく

新選組副長の土方歳三は日野市の出身とのことで、高幡不動から土方歳三ゆかりの地を歩いてみました。

 
京王線高幡不動駅を降り、右手の高幡不動参道には「土方歳三菩提寺高幡不動」の垂れ幕が掲げられ、
お店では、土方歳三まんじゅう、歳三うどん、土方歳三もなか、新選組列伝サブレや土方歳三Tシャツなど、
様々な商品が並んでいます。書き方が新選組となっているのが気になります。
「新撰組」が正しいような気もしますが、NHK大河ドラマも「新選組」なので、最近は「選」なのでしょう。
  
賑やかな参道を抜けると高幡不動の立派な仁王門が見えてきます。
高幡不動は関東三大不動のひとつで火除けにご利益があるそうです。

再び駅に戻り駅右手の地下道を抜け潤徳小学校を左にみながら進むと、向島用水親水路の橋にぶつかります。
  
用水沿いの遊歩道には水車もあり、懐かしい風景です。遊歩道の先には、多摩都市モノレールが走っています。
  
モノレールの走る道路を左折して、浅川に架かる新井橋を渡り切ったら右折し、土手沿いに日野高校まで進み、
高校の校庭を右に見ながらぐるりと進むと石田寺の塀とカヤの木が見えてきます。
               
            石田寺(せきでんじ)は土方歳三の墓があります。
  
墓にある説明によれば、土方歳三はこの地で天保6年(1835)に生まれ農業の傍ら、近藤勇や沖田総司らと
ともに天然理心流を学び、文久3年(1863)幕府が将軍家茂の上洛際の京都における警護の浪人募集に
加わり、新選組を結成しました。
その後、鳥羽伏見の戦いで敗れ、戊辰戦争により北海道函館で最期を遂げましたが、出生地であるこの地に
墓が立てられています。 
石田寺の墓石を見回してみると、ほとんど「土方家」であるのに驚かされます。お寺の人に尋ねると、
昔はこの付近の住民は土方姓ばかりだったそうです。
気にしながら歩いていると、確かに家の表札や看板に土方姓が目立ちます。
  

  
               
道路には、「ようこそ新選組のふるさと日野へ」の看板。行政も「新撰組」ではなく「新選組」でした。
そういえば石田寺の土方歳三の墓の説明も「新選組」でした。
              
多摩都市モノレール万願寺駅手前の日野バイパスを渡り、道路沿いのサイゼリアを背に脇道に入ると
土方歳三の生家です。ごく普通の民家ですが、門前の立札と土方歳三資料館の表札がそれを知らせてくれます。
万願寺駅から多摩都市モノレールで高幡不動駅まで戻り、1時間ちょっとのコースでした。
京都のイメージが強い「新選組」ですが、そのルーツが日野の地にあったとは意外でした。
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